Naruki.K's Radio Head

Transmitter! Picking up something good. Hey! Radio head! The sound...of a brand-new world♪

漠然とした「同化」「同調」に抗うための『I(アイ)メッセージ』

大雪に見舞われて誰かが大変なことになった
自然災害に見舞われて誰かが大変なことになった
事故に遭って誰かが大変なことになった

そんなことがどこかで起こっているのに
自分は違うところで
あるいはそれほど遠くもないところで平穏無事で
日々を楽しくおもしろく感じて過ごしている

そんな自分を「申し訳ない」と言わないといけないような

どこから来たのかわからないような
そんな 漠然とした「自粛の空気」
それがもたらす 漠然とした「不謹慎な感覚」

自分が日々刻々と過ごしている日常から感じる
楽しみの思い おもしろがりの感覚 よろこびの気持ち
そんなこんなは自粛しないといけないのかい?
ほんとうに不謹慎なのかい?

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 そのひとの気持ちになるって
 やっぱり
 ほんとうに難しいことだよね
 自分の目の前に同じ状況がなければね

 もし 自分に同じ状況が起こっても
 いろんな角度からものを見たり、聞いたり、知ったり
 そうできたら 大変なことばかりじゃないはずだよね

 だけど 文句ばっかり言うひと
 そんなひとの気持ちはあんまり考えてないかも...

 

ひとの気持ちに「なりきる」ことはないんだよ
「あくまでも『自分が』どういう気持ちになっているか」さ

自分たちは
「わたしは」こう思う「わたしは」こう感じる
結局のところ
そういうことしか言うことができないのさ

逆に言うと
あくまでも「自分が」感じたこととして
どんだけでも表に出したらいい
そういうことなんじゃないかな

ひとの感じていることを
間違いなく 誤解なく
自分がひとに成り代わって代弁してしまおうとするから
もしかしたら間違ってるかも 誤解しているかも
そういう疑いが頭をもたげてきて
言おうと思ったことが言えなくなってしまう

 

 なんだか難しい...

 

主語を全部「わたしは」にするだけでいいのさ

 I think
 I feel
 I hope

たとえば このブログではおそらく
「おれは」こう感じた
そういうことばっかり言ってると思うよ

それを見て あなたもまた
「わたしは」こう感じた こう感じている

おれがこのブログで言っていることを
「わたしは」こう受け取っている
そう読み取ることができていないかい?

それがほかの場面で
どれだけできるかということであって
そもそもあなたができてないわけではないはずさ

 

 信用してるひと 安心できるひとになら
 まずは聞いてくれるとおもうから言えるけど

 必ずしもそうでないひととかに言うと
 否定されたりすることもあるかもしれない
 そう思うから難しく思えてくるのかな

 

否定されたらどうしようという心理が働く
その心理は あるいは
わがままだと 我が強いと思われたくない心理
自分勝手だと思われたくない心理

どこまで自覚的かどうかはあるにしても
これらは全部一直線につながっていて
さかのぼっていくと

嫌われたくない心理

ここに行き着くんじゃないか

しかし、だからこそ

 I think
 I feel
 I hope

「わたしは」こう思う、こう感じる、こう望む なんだ

そこがぼんやりしがちなのは
主語を抜いても文法が簡単に成り立ってしまいがちな
日本語という言語の特性の問題でもあるのだけども

だからこそ

主語はなにか
それをいつもいつも気にするだけ

「わたし」と「他者」をきちんとわけること
それを区別しないから
自分の思い・感覚・望みなのか
他人の思い・感覚・望みなのか
区別がつかなくなって
ごちゃごちゃになってしまうわけだ
誰のものなのかの区別がつかなくなって
すり替わっちゃうわけだ
自分の脳の中で

 

 誰かに大変なことがあったからって
 だからって
 自分の考えや やりかたを
 変える必要はないんだ

 ひとはひとりひとり違うものだし
 ひとりがみんなの気持ちになんか
 なれるものではない

 

そう 誰かの思いに同化してどうするんだい?
同化して 自分まで同じような思いになったところで
もしもそれが大変な思いだったとしたら
ほんとうに自分まで大変な思いになってしまったとしたら
相手は嬉しいと思うかい
相手は喜んでくれると思うかい

あなたは あの人は いま たしかに大変だ
だから「わたしは」 痛く感じている 同情する
だから「わたしは」 お見舞いの気持ちを持っている

もうちょっと言い回しは工夫の余地あるだろうけど
それできっちり相手に伝わるとは思わないかい?


 こんな大変だから自粛しなきゃというムード
 それにまけて自分がなくなるのはさみしいこと


おれは あなたは 一体誰の下僕なの?
自分で勝手に誰かの奴隷になってるだけではないかい?
誰も望んでなんかいないのに

なんとなく「自粛しないと不謹慎」ってね

それ、誰に対して?
大変な思いをしている人たちに対して?

具体的には誰だい?

知人でもいるのか?
いるなら その相手に対してと明確に示したらいい

自分の日常の楽しみは自粛することが美徳?
そういう「空気」?
それがわからない奴は不謹慎?

相対するものがはっきりあってこその「自粛」さ

その美徳は誰のための美徳だい?
不謹慎と言ってくる奴らのための美徳かい?

実は それは そいつ「だけが」
勝手に絶対視してしまっている美徳であって
勝手に絶対視してしまっている空気であって
おれやあなたや別のひとが
同調することを強制されてしかるべき
美徳でも空気でも なんでもない

そいつは誰の代表のつもりでそう言うんだい?

おれもあなたも そいつではない!
そいつもまた おれでもあなたでもほかの誰でもない!


 そんなふうに
 意識を変えることはできないかも

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こういうことは
意識を変えようという目的ありきで
やることではないのさ

自分の気持ち 思い・感覚・望み
それを大切にするためにこそやるんだ

むしろ自分を
変えたくない 揺らしたくない 揺らがないようにしたい
その目的のために、やることだ

ひとはそもそも 多かれ少なかれ
誰がなんと言おうとわたしはこうだという
自分自身の世界観を持っているはずだ

素質充分じゃないか!

応用範囲を徐々に広げるだけさ
ともかくやっていけば
意識や自信は後からついてくるさ

こわがらなくていい
うまくやろうとも思わなくてもいい

あなたは おれじゃないし
あなたの好きな人でもないし
ほかの誰でもない

あなた自身のほんとうの気持ち 思い・感覚・望み
それを犠牲にはしないでほしい
ほんとうはそんなこと 誰も望んじゃいないのさ

 I think
 I feel
 I hope

おれはそう思うし、そう感じるし、そう望んでいる