Naruki.K's Radio Head

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ロールモデル

先日、とある場所で、

 自分の「ロールモデル」である存在から
 どういうことを見習っているか?

というようなことを軽く話してみるという機会があった。

そこでちょっとウムムとなった。

自分にとっての「ロールモデル」ね。
平たく言うと「模範とするお手本の存在」って...誰だ?何だ?

その場では、ふと浮かんだ考えをそのまま言い表したのだけども。

急ごしらえとは言え、率直な実感が端的に表現できたので
言ったことが実は間違っていたとか、疑っているとか、
そういうことはないのだけども。

もう少し掘り下げて、そこんところの「自分の声」をきいてみた。
マインドフルネス......

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模範とするお手本の存在。
ただひとりそう思える「拠りどころ」となるほどの
絶対的な存在。

そんな存在、今までいなかったし、今もいないし、
これからも、どこをうろつきまわって探したところで
見つかりそうにない。

自分だって、誰も彼もにとっての、
それどころか、あるひとりの誰かにとっての、
そんな存在になんかなれてもいないだろう。

 大切な親友のAさんの、あの部分が。

 友人のBさんの、そこの部分が。

 顔見知りの知人のCさんの、また別のある部分が。

 会ったことはないけど好ましく思っているDさんの、
 さらに別の、ある部分が。

 会うことなんてまずないであろう、あの有名な人の、
 絶対に会えない、もう亡くなった人や歴史上の人物の、
 もっと別の、ある部分が...

それぞれが、自分にとっては見習うお手本。
そんな要素の集合体こそが、自分にとっての「ロールモデル」。

必ずしもひとりだけに「ロールモデル」を見い出さなくたっていい。
ひとりだけに「ロールモデル」を見い出せないからと言って
「誰もいない」こともない。

むしろ多くの人たちから「模範」「お手本」にできるところを
見い出して、そうできる「部分」を見習っていったほうがいい。

むしろそのほうが

 みんながみんなの良いところを認め合える。

 みんながみんなの弱いところを補い合える。

 自分自身の視野や可能性が広がる。伸びしろが見えてくる。

 自分自身は、自分の得意や強みを
 自信を持って伸ばして、安心して発揮することができる。

 あるひとりの人、あるひとつの団体、あるひとつの考えかた。
 そういう「ひとつごと」に洗脳されることだってなくなる。

だから

「模範・お手本にできる絶対的な存在が、拠って立つ存在が
 ひとりいれば、それさえあれば、わたしは大丈夫」

という観念、あるいは執着を捨て去ることが大切であって、
それが「自分軸で生きること」ってことなのであって...

もっと言うと、そのように柔軟に考えられることこそが、

 「民主主義」であって 「平和」である

そういうことなんじゃないかって信じる。

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自分にとって、あるひとりの、あるひとつの、
模範・お手本とできる絶対的存在なんて、なくてもいい。

あるひとりにとって、あるひとつにとって、
模範・お手本になれる絶対的存在になんて、ならなくてもいい。

それこそが、他の誰でもない「自分自身」をつくる道を切り拓き、
そして、その道の先にある「多様性が共存共栄」でき得る場を拡げる。

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