Naruki.K's Radio Head

Transmitter! Picking up something good. Hey! Radio head! The sound...of a brand-new world♪

哲学の手習い・西田幾多郎記念哲学館でアリストテレスに触れる

日本哲学の草分けにして世界的な哲学者、西田幾多郎
西田幾多郎の姪にして日本で最初の女性哲学者、高橋ふみ。

その2人の出身地、石川県かほく市(旧河北郡宇ノ気町)にある...

 西田幾多郎記念哲学館

ここで開催されている一般向けの「哲学講座」。
5月の初参加(左写真②③)以来、2度目の受講(⑤⑥)に行きました。

f:id:rcs4naruki:20171012215744j:plain f:id:rcs4naruki:20171012215748j:plain

5月の講座と同様、今回も2日連続の講座でした。

 9/30 「哲学」の基礎を作ったひと -アリストテレス(1)どう生きるか-
 10/1 「哲学」の基礎を作ったひと -アリストテレス(2)<ある>とはなにか-

これから哲学を知り、学び親しんでいく取っ掛かりを掴みたいと
願っていた自分にはこの上ないうってつけのテーマ!
5月の初参加以来ずっと楽しみにしていました。

講師は、京都大学教授・中畑正志さん。
日本におけるアリストテレス研究の第一人者による哲学入門。
哲学で考えるところ、哲学の場でのものの見かた、とらえかた。
アリストテレスから哲学の門を開いて第一歩を踏み入れてみると
いった趣きの2時間✕2日間でした。

西田幾多郎記念哲学館。
外観もなかなか趣きがあります。
この互い違いの階段を昇り降りして行くのも楽しいですし、
この写真を撮った、エレベーター口と本館の間をつなぐ
渡り廊下的な通路を、景色を眺めながら行くのもいいものです。

f:id:rcs4naruki:20171004070351j:plain

入り口を入ってすぐ正面にある窓口で受け付けを済ませて
レジュメを受け取って、左手へ進みます。
ここから、展示室やホールやカフェなどへ行くことになります。

f:id:rcs4naruki:20171004070345j:plain

哲学講座が開催されるのは地下のホール。
円柱沿いの階段を降りきると、佇まいのミニマム感が極まります。

f:id:rcs4naruki:20171004070434j:plain

休憩スペースの頭上。
この円形にも西田哲学のエッセンスが盛り込まれているのだそうです。
(詳しいことはまだ全然わかっていませんので追々…)

f:id:rcs4naruki:20171004070339j:plain

哲学のことだから、京都大学の教授の話だから。
はじめからすべてを理解しようという姿勢では臨みません!
かと言って、怖じ気付くことも全くありません!
なにもこちらが何か議論を持ちかけるわけではなくて、基本的に
聴いていればいいのですから、とにもかくにもひととき触れることが
なによりも大切!自分自身で勝手にハードルを上げることはない!
そう開き直ってしまえば気後れもしないものです。

f:id:rcs4naruki:20171013083926j:plain

1日目は「どう生きるか」というサブタイトルでしたが、
大半は「哲学とは一体なんぞや」というところなのでしょうか、
人間が、ものごとを知って考える営み、思考し理解し説明すること
それ自体がどのようなしくみでなされているのかを明らかにすること、
もっと簡単に言ってしまえば、

 『人のものの考えかた』がどういうことかを明らかにしていく

「哲学」とはそういうものである、ということを説かれていたと
受け取りました。

あまりにも人間の内面過ぎて見えづらい、内面を見透かす怖さもある
それ故に、難しくて面倒くさい分野と捉えられがちなのでしょうけど、
実のところは、だからこそ、誰しも身近にあって触れやすいこと
この上ない分野と言えるかも知れません。

こういうことを徐々に知ってわかっていくと、自分は、人は、
もっともっと楽に、まろやかに、穏やかに、生きていくことが
できるのではないかと、そんな気がしてなりません。

講義では、そういう「人間が考える営み」を明らかにした基本が
アリストテレスにあること、近代ではアリストテレスの否定の上に
成り立っているアプローチもあるが、それだけになおさら、
アリストテレスの為した仕事が、その哲学の原点として拠って立って
いることを際立たせている、と解説されていました。

それから、アリストテレスの、
 人間の感覚、知覚、知的能力への信頼
 幸福とはなにか
 徳とはなにか
 幸福と徳とはどう関係しているか
そういったものを人間は本来どう望んでいるのかを垣間見ることが
できました。

今までになかった新しい特別な感覚を植え付けるということでは
全然なくて、「なあんだ!そういうことなの!?」というくらいの、
とても自然な感覚だったことがわかった、ということに新鮮味を
おぼえました。

 レジュメの末尾あたりからの引用:

  「人間は、言語を通じて、たんに快と苦だけではなく、
   何が有益か有害か、また何が正しいのか不正なのかを
   共有している」

  「言語を通じて、何が有益か、何が正しいか、といった
   価値観を共有している。
   それが人間の本来のありかた。【自然本性】

  「社会や共同体のあり方がそれとはまったく異なるとすれば、
   (中略)悪徳の人が評価されるような社会だとすれば、
   徳が幸福には結びつくことにはならないだろう」

  「(アリストテレスにとっての幸福とは)
   それぞれの人が、現実の社会にあって、実際に行為し

   生きていくなかで実現を目指す社会的な実践である」

  「社会は、それぞれの人が善く生きる=幸福であることを
   目指すものでなければならない」

改めて言われてみればそりゃそうだろう、ということばかりだけど、
果たして、自分は、人は、それがどこまでできているだろうか?
そういうふうに突き刺さるところでした。

f:id:rcs4naruki:20171004070401j:plain

2日目は「<ある>とはなにか」というサブタイトルに基づいて
存在論に踏み込みました。

「何が存在するか」という問いにどのように答えるのかは、
哲学的な考え方の根本にかかわる問いとして扱われているそうです。

 存在そのものを問う「Xがあるか?」
 存在の原因や本質を問う「Xとはなにか?」「なにゆえにXなのか?」

この2種類の「ある」を意識して、まず前者を確かめた上で後者を問う。
アリストテレスが目指す知識・学問とは、後者を理解し説明する知識で
あるということです。

講義の中盤以降では、もっと深く「実体」をどう捉えるかということを
説かれていましたが、うーん、にわかには噛み砕けないですね...
しかし、それは「難しい」からではなくて、「捉えかたに慣れてない」
のでしょう。言わば、使い慣れてない筋肉を動かそうというのと同じ。

 レジュメの末尾あたりからの引用:

  アリストテレスの哲学は、私たちがもっている世界に対する
  考え方、人間の生き方についての見方を大きく覆すような
  ものではない。

  むしろ私たちが現にもっているものの見方・考え方をより
  精密に観察し、分析して、丁寧に記述する。

  そうした作業を通じて、私たちが実際には気づいていない
  そのようなものの見方のより基礎にあるもの、あるいは
  その核心になる考え方は何かをあきらかにするのである。

こういう、人間のものの考え方のおおもとに関わっている
「根源的な」ものを指し示しているのだということくらいは
掴めた手応えがあります。

 

アリストテレス、哲学の入り口として、ゼロをイチにするきっかけに
とてもよいのではないかと思います。

そこをひもといていくことで、哲学を学び親しむことが楽しくなって、
ものごとの道理をより広く深くわかるようになって、ひいては、
より鋭く、かつまろやかに穏やかに、善く生きることにつながる。

そういうこれからの望みを明るくするような受講のひとときでした。
講義は正直ちょっとしんどかったけど、得るものは充分にあって、
聴きに行ってほんとうによかったです。

f:id:rcs4naruki:20171004070322j:plain

 

こちらもどうぞご覧ください。
はじめて哲学館の一般向け講座へ参加したときのこと。

rcs4naruki.hatenablog.com