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こころの学び 人文系の分野を学び親しむということ

人文系の分野のことを学んでいきたくなった。

心理学とか、思想のこととか、哲学とか。
中国の古典や、仏教の哲学的側面にも、とても関心が出てきた。
人間の本質を言い当てたエッセイに気軽にふれるのもいい。
ヒューマンスキルを学んで向上させることも含めてもいいだろう。

以前から薄々と、3年近く前からはより強く欲求が生じたけど
ここにきてようやく、学びの取っ掛かりをつかめた感がある。

ことしの5月に、石川県かほく市にある西田幾多郎記念哲学館で
一般向け公開講座へはじめて参加したことが、学ぶために積極的に
外へ出る大きなきっかけになったと言っていいかな。

rcs4naruki.hatenablog.com

このときの講義は、非常に中身が濃くてすべてを理解できなかった。
哲学館の館長さんをもってしても、とても濃密な内容だったと...。

西田哲学はもちろん、ほかの哲学もまともに勉強したことがなかった
自分にとっては、すぐに飲み込みきって消化しきれるほどの平易さは
感じなかったけども、なぜか「自分にはもうええわ」とはならなかった。

それはおそらく、昔だけではなく今にも通用すると感じたところや、
人の営みや感覚の、普遍的で本質的なことを丁寧に見つめて明らかに
していくという、そんな側面があるからではないかと思う。

ともかくも、学び始めへの一歩を踏み出せたことはおおきな喜び。

   *    *    *    *    *

小学校低学年の頃から、算数の計算が比較的早くできたことなどが
あって、その延長線で今に至るまで理系の道をずっと進んできた。
理工系の職業...の端くれのままな自分も、技術の進歩や変化を肌で
感じ続けて、やっとこさ、こういうことを思うようになってきた。

 機械に仕事を肩代わりさせて人間が楽をしようとするなら
 その機械には「人の道理」が織り込まれてないといけない。
 作り上げる機械の仕様や振る舞いは人のニーズであって、
 そうでなかったらほんとうに人に優しい機械になり得ない。

 機械を作り上げることも、実はとても「人間的な」作業。
 「人の道理」がわからなくてどうして「人が使えるモノ」を
 
創り出せるだろうか。

であれば、理工系の人間こそ、人文系の素養や知識を軽視しては
いられないわけで、人文系の分野を学ぶことこそ必須なのでは
ないのだろうかと。
自分は理系の人間だから文系の分野は無関係、無縁でいいんだと
言っている場合ではないという感覚が強くなっていった。

AI(人工知能)が今度こそ普及して社会や生活に浸透してくるの
だとしたらなおのこと。AIの開発に関わっているわけではないし
これから関わっていく見込みがあるわけでもないけれど、
AIに期待するということは人に期待することに直結するのだから。
AI自身が持つ知能を吹き込む源はほかでもない「人」なのだから。
AIにいのちを吹き込む、つまりロジックやデータを入力する、
そしてそのロジックやデータの中身は人の行いであるならば、
人のことを学ぶことは当然の帰結というもの。

   *    *    *    *    *

メンタルを病んでしまった9年ちょっと前から、自宅療養しつつ
精神医学や心理学の、易しめの本をひもとくようになった。
それ以前から少しだけ触れていた、臨床心理学者・河合隼雄さんの
著書からはじまって、そのうち「こころとからだの結びつき」の
側面にも関心が向くようになっていった。

こころの処方箋 (新潮文庫)

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3年近く前、心身の好転を感じ始めた直後の辺りで、ふらりと行った
本屋でたまたまアドラー心理学に出会った。

はじめて手にとって読んで、とてもよくわかるし、腑に落ちた。
すごく共感できるし賛同できたのだけども、実のところ、果たして
自分の考えや感覚に取り込んで、行動に反映することがどれだけ
できることやら?と思った。現実にはあまり結びつかないのかな、と。

アドラー心理学入門―よりよい人間関係のために (ベスト新書)

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嫌われる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教え

嫌われる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教え

 

最近読み直してみたら、今やかなり多くの部分が自分の考えや感覚に
浸透しているし、行動にもどんどんつながってきていることに改めて
気づかされた。あっ、なんか、できてるやんけ!と。

自分にとっては即効性こそなかったけれど、ずっと気にかけ続けて
いたら、いつの間にかジワジワと効いていた。

さしあたってハウツー情報やマニュアルに従って、手順をなぞって
手っ取り早く簡単に結果を出すということとは明らかに違う。
口当たりのいい言葉や有名な名言を次々に目にして、一瞬だけ安易に
共感したり感動したりした気になって、消費するだけというのとも違う。

気に掛けて、ちょっとずつ考え続けて、その都度自分の感覚や行動に
照らし合わせてみて、時間と体験をかけてちょっとずつちょっとずつ
自分に浸透していく。そういうものなのだろう。

   *    *    *    *    *

そういう感覚が見えてきて、ますます、もっと身近なものとして
学んで親しんでいきたいという気持ちが強くなったというもの。

アドラー心理学に感銘を受けた直後からちょっとずつ親しみ始めた
哲学者・池田晶子さんの著書や、論語菜根譚老荘思想などの
中国古典に著されている思想のこと。
その辺りをいまふたたび紐解いて親しんで、感じたこと。
このブログで紹介していくところへ持っていけたらいいなと思う。

14歳からの哲学 考えるための教科書

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14歳の君へ―どう考えどう生きるか

14歳の君へ―どう考えどう生きるか

 
[決定版]菜根譚

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そして、日本には、平易なことばで哲学している人が案外いる。
いまは学術的なところ、専門的なところはちんぷんかんぷん。
まるで歯が立たないけれど、ここからすっと入っていくのもいいだろう。

はじめて考えるときのように―「わかる」ための哲学的道案内 (PHP文庫)
 
子どもの難問

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近々、こころの学びを、カリキュラムに沿って本格的にはじめる。
そのコースが開講する、はじまりの日が近づいてきた。
そのことも大きなきっかけとして、日常的に学ぶことと親しむことを
加速させていきたいと思う。

こころの学びに、哲学や思想のことも絡めて理解していけたらいいな。

そういうことを考えていると、とっても前向きな気持ちになれる。