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Naruki.K's Radio Head

Transmitter! Picking up something good. Hey! Radio head! The sound...of a brand-new world♪

真珠湾攻撃から75年あまり~石川県で最初に太平洋戦争で戦死した人

※旧ブログ記事を加筆訂正しました。

昨年12月のある日、夕方の石川ローカルニュース情報番組で真珠湾攻撃の特集が放送されていました。わずか数分間だけのコーナーではありましたが、そこでは見逃せないものが紹介されていました。

母方の祖父の弟は二十歳にして太平洋戦争に出征し真珠湾攻撃で玉砕。
玉砕直前に家族に宛てて書き綴った遺書や遺品と、今も残る彼の忠魂碑。
そして、祖父の弟の姉にあたる方がその遺書や遺品を眺めて思いを語る姿。

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祖父の弟は、真珠湾内のアメリカ艦艇を撃沈した直後、対空砲火を浴び敵陣に自らが乗った戦闘機もろとも突っ込んだとされているとのこと。
そして、遺書には…

 『いよいよ、ハワイ空襲の前日になりました』
 『立派に戦ってきます』
 『決して犬死には致しません ご安心ください』

二十歳の若造が戦闘機に乗って異国の地へ身を投げ出す。
一体何だ。その直前のこの気丈ぶりは。想像を絶するとはこのこと。

そして一体何だ。
二十歳の若造にこれほどまでに思い詰めさせて犠牲にさせることを善しとする世相とは。

 

石川県七尾市(旧田鶴浜町)にある母親の実家の敷地内には、昭和42年に当時の石川県知事によって建立されたという、祖父の弟の忠魂碑がそびえ立っています。

一部読めなくなってしまっているけれど、忠魂碑の下の部分にそのことが記されています。
祖父の弟はこの戦争で石川県人で最初に戦死した人なのだそうです。
その忠魂碑の除幕式で幕を引いたのは母親だそうです。奇しくも当時二十歳。

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ちなみに祖父はというと、はっきりと聞いたことはありませんが出征はしなかったようです。62年前、母親が7歳のときに病死されたとのことで、その何年も前から既になんらかの病を抱えていたなどのっぴきならない事情があったのかも知れません。

それ以来、この家では誰も亡くなっていません。
一昨年のお盆には60回忌法要を簡単に執り行いました。
そのときにお経をあげてくださったお坊さんは…60年間どなたも亡くなっていないのは凄いこと。ご先祖に感謝するとともに元気な姿をいつまでもお見せできるように毎日を健やかに過ごしてください…というようなことを話しておられたと思います。

毎年お盆には母親の実家へ出掛けて、ご先祖への慰霊と親戚との交流をします。
到着するとすぐに、お墓と忠魂碑に、そして屋内の仏間でお参りをします。
仏間には、祖父の弟の肖像と、戦争で叙勲を受けた旨の証書、そしてややうすぼんやりと写った祖父の遺影が額に収められて鴨居の上に飾られています。子どもの頃はそんなことを全く意識しないでこの部屋で無邪気に遊んだり寝泊まったりしていたのですが、今ではただただ祈りを捧げる場所。自分にとってはそれ以外のなにものでもなくなってしまっています。

 

人の精神を身体もろとも殺す。
命は取られなくとも、人間の尊厳や人間性を殺す。

そんなことをあっさりと為してしまう『戦争』。誰の責任と着くこともなく。
もう、なにがあっても起こってほしくない。起こしてほしくない。

戦争で出征した方々はそれぞれのいろいろな立場持ち場に否応なく回されて、いともあっさり死に絶えて、生き残っても身体や心に傷を抱えて苦しみながら生きていって。飛行機に乗って玉砕してしまった祖父の弟なんかは、もしかしたらまだ幸運なほうだったのかも知れません。

お国のためって一体何なの?
個人を守ってこそのお国ではないの??
個人の集合体がなかったらお国だってないんじゃないの???
そんな単純なことがどうして頭の中から抜け落ちるの????

他国の脅威にはいざとなったら馳せ参じると?一体誰が?
馳せ参じるんじゃないんじゃないの?馳せ参じさせるんじゃないの??
その勇ましさの裏にはどんな大義名分があると言うの???
その大義は、あなたの、あなた以外の人々の命よりも尊重されないといけないの????

そういう思いが渦巻きながらも…
俗世間で一日いちにちを生きていって、人生を謳歌することしか自分にはできない。