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Miracle and Sleeper

数年悩まされてきたメンタル疾患が寛解して今なお復活途上にある 金沢に生まれ育った沖縄クォーターのライフログ的な何か

人権週間~対人関係やコミュニケーションの普遍的要素への気づき

自己啓発・スキルアップ

※旧ブログ記事に加筆訂正しました。

昨年12月某日、職場内の人権啓発研修会を聴講しました。
毎年12月4日~10日が『人権週間』とされていますが、職場内ではこの時期に合わせてセミナーが開催されています。全員参加必須です。

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 同和問題
 国籍や異文化
 障がい
 セクシュアルマイノリティLGBT
 企業(学校)
 ハラスメント

無意識的にしろ意識的にしろ、未だに社会 ~突き詰めると個々の心の中~ に巣食っている『人権を侵害しかねない問題』について、基本的な事柄をおさらいすることによって、常日頃から配慮や支援を考慮して公私の行動へ移していくことや、そのために必要な社会状況の把握や知識の吸収を継続していくことの必要性や重要性について認識を新たにしていくというところはもちろんのことなのですが…

今回このセミナーを聴講していちばん感じたことは。

それは、差別問題やマイノリティへの配慮云々に関わらず、もっと普遍的な対人関係において実践していくべきことがここで言われていた中にあるということ。

1年ちょっと前にインターネットを媒体として他人との交流を開始して以来、それなりに多くの方々と多種多様な対話やダベリを日常的に交わすようになったことでより深く実感できるようになったのかも知れません。
なにしろ、これまでの十数年もの間ずっと、自分の対人関係と言えば、職場と家族そしてその周辺で必要最低限の範囲というに限られてしまっていたものですから。

 必要な配慮や支援は個人によって異なる
 まずは声をかけて必要なサポートを知って施す

 対等な関係、上下関係、如何なる間柄であっても
 問題や悩みをひとりで抱え込んでしまわない
 ひとりで対処してしまおうとしない
 その意識はむしろ余計に問題や悩みを複雑化してしまう

こういうようなことは社会的被差別者であろうがなかろうが、自分が、自分以外のすべての他者に対して『普通に』念頭に置いて実践することに他ならないはずだろうと。

自ら望んで少なからぬ人たちと知り合ってそれぞれに応じたつながりを持った。
自ら望んで日々対話を交わしている。
その行動を継続していくなら、深めていくなら、こういうことを心の中心に据えておかなければ。その基礎がなければ、あらゆる立場の他者に対する差別意識の払拭や人権保護意識など到底覚束ないと。

長きに渡って職場の総務部門で働いていた、数か月前に職場を離れられた、聴覚障害を持った方とのやりとりを思い出しました。
対面の会話では、通常よりもやや言葉をハッキリと発音しないと今ひとつ届きづらい感触があって、本人の反応もそれほど活発的で利発的なところを感じなかったのですが、チャットで業務連絡やその流れで対話を交わした限りでは、健常者とどこも変わることがない、反応も決して鈍くはなく、明るく朗らかなその人間性がはっきりと伺えたものでした。
そのことで、対面の会話での態度もお互いにより滑らかになり、非言語コミュニケーションもより鋭く深く感知できるようになったことを実感したものでした。

結局のところ…

 健常者同士のコミュニケーションも同じやん?

言うほど簡単なことではないけれども、健常者のひとりとして日々意識的に実践を重ねていくしかありません。

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もしかしたら、インターネットを媒介して知り合い対話している相手。
必ずしも健常者とは限らない。マジョリティとは限らない。
むしろこういう場でこそ、意識やスキルが磨かれるという側面があるのかも知れませんね。